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高山羽根子「首里の馬」感想:孤独はタイムカプセル。

作品情報

首里の馬

首里の馬

本作は第163回芥川賞受賞作です。

評価

☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)


※以下は本作のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

本作を読んでいて、旅行記を思わせるような客観的な筆致が気に入った。身の回りの風景、状況等々が、それら自身が主役であるかのようにどんどんと紡ぎだされてくる。訪れたことのない沖縄の地、現実に存在することのない閑散とした資料館、想像もしたことのないさびれたオフィスが、まるでどこかで映像でみたことがあるかのように脳裏に写し出された。そんな文体と本作の主人公が有する人との距離感が、妙にぴったりと感じられた。順さんの資料をデータ化し、空き缶というタイムカプセルの中に保存しながら、主人公の生活は淡々と進んでいく。

孤独な主人公の住む様々な世界は、か細い糸でつながっているように感じられた。順さんの資料館、未名子が働くオフィス、未名子の家。これらは、未名子という一本の線で繋がっていた。また、資料館では順さんと未名子が、オフィスではクイズの回答者と未名子が、薄い関係ながら繋がっていた。本作の世界の中の未名子は、完全には孤独ではなかったのだ。

そんな未名子の世界を切り崩していったきっかけが、順さんの体調不良と資料館の解体だった。その後、数少ない他人と会話する場であった仕事も未名子は辞めてしまうし、順さんは死ぬ。未名子の世界はどんどん解体され、未名子はますます孤独になっていく。

この孤独が、未名子に与えられただけのものではなく、未名子が選び取ったものでもあるというのが、本作の面白い部分だと感じた。首里の馬であるヒコーキと出会った未名子は、そんな必要もないのに、自らの自由意志で孤独を深めていく。どこか旅に出ることを決めるような気軽さで、仕事を辞めて周りとの関係をぱつりぱつりと断ってしまう。

そうやって完璧なひとりぼっちになった未名子であるが、その生活はどことなく爽やかだ。ヒコーキとともに首里を駆け回る未名子の姿に、悲観的なところは何一つ感じられない。

そんな未名子の姿を頭に思い描きながら、ふと未名子は順さんの資料のデータみたいだなと思った。人と交わることのない孤独な未名子は、今後も価値観を変えることなく自らを保ち続けていくだろう。そして、そんな未名子の持つ変わらない価値観は、世の中の価値観が何か良からぬ出来事によって完全に変わってしまった場合に、あるべき指針となってくれるのかもしれない。孤独というタイムカプセルは、人のありようを後世まで保ち続けていく。