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伊坂幸太郎「あるキング」感想—フェアはアンフェア、アンフェアはフェア。

作品情報

あるキング: 完全版 (新潮文庫)

あるキング: 完全版 (新潮文庫)

評価

☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)
※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 "Fair is faul, and faul is fair." きれいはきたない、きたないはきれい。フェアはファウルでファウルはフェア。本作で出てくる文の中でも、一番印象に残る一節です。本書の物語も、このテーマを中心に展開していきます。

 あまりに高い実力を持つがゆえに、敬遠され続ける王求。そんな王求が敬遠されないように、裏で暗躍する両親・服部。

 あるいは、ゲームが一方的な展開にするほどの高い実力を持った王求。そのため野球を楽しめなくなっている東仙醍リトルの選手たち。 

 友人を襲う友人の父を見事退治した王求。それにより人殺しの汚名を着せる周りの少年たち。

 暴力を振るわれた王求。それに抗議し息子を守ろうとして結局人を殺してしまう王求の父。

 野球に対してまっすぐで高い実力を持つ王求。父が人殺しであると、事あるごとに王求を妨害する周りの人々。

 王求と対戦しスランプに陥った大塚。大塚と話して真の幸せを掴みさせた王求。

 新記録を作るほど活躍する王求。王求に嫉妬し王求を殺す監督・コーチ。

 フェアに生きる事がファウルをもたらす事があれば、ファウルがフェアをもたらす事もある。そもそも、フェアがフェアなのかファウルなのかも明確には分からない。本書を読んでいると、そういう事を考えますよね。当初物語を読んでいて、王求はフェアな存在だと思っていましたが、あまりに王求が強すぎて、王求の存在そのものがアンフェア、つまりファウルだとも思えてきました。

 これらのフェア・ファウルは、あくまで物語の出来事です。ありえないくらいの実力を持った王求だからこそ引き起こされた悲劇のような気もしますね。現実世界なら、もっとフェアとファウルは切り分け易いだろうとも思えます。

 しかしながら、当然の事ながら現実世界でも、フェアがファウルでファウルがフェアな事ってあるよなと本書を読んでいて思いました。

 その一つが、リオデジャネイロオリンピックの女子800mで金メダルをとったキャスター・セメンヤ選手の話です。セメンヤ選手は、両性具有で、体内に精巣があると報じられ、セメンヤ選手の現役続行を認めるか否かで大きな議論が巻き起こりました。*1 両性具有を理由に、陸上競技を続けさせるのがフェアなのか、ファウルなのか。両性具有の女性は、普通の女性よりもテストステロンが出やすく筋肉増強がしやすい事を考えれば、一緒に陸上競技をやらせるのはフェアではなくファウルのような気もします。しかし、両性具有の女性も女性であり、精巣がある事も個性の1つでしかないと考えれば、一緒に陸上競技をやらせるのはファウルではなく、むしろフェアです。個人的には後者の見解に立つべきだと思いますが、これはまた難しい問題ですよね。

 フェアはファウル、ファウルはフェア。フェアはアンフェア、アンフェアはフェア。どちらも相対的なものにしかすぎず、1つ1つの問題に対していろいろと考えて行かなければならない。そんな事を読んでいて感じた、不思議な物語でした。