はじめに
近年、Midjourney等の画像生成AIの性能がどんどん上がっており、写真と間違えるようなクオリティの画像も生成できるようになりました。例えば、冒頭の画像は、私がStable Diffusionを使って出力した画像です。
また、上手な人になると、以下のような画像も生成できるようになるようです。
Chilloutmix + 複数LoRA 試してみた
— Asaki (@Morning_wood17) February 16, 2023
HassanBlendとかcafeの時代からかなり進化してて凄い#StableDiffusion #AIイラスト pic.twitter.com/5sk406gwY8
光のあたりからやボケ感など、とてもリアルですね。ここまでくると、もはや実際に撮影した写真なのか、それとも画像生成AIにより作成されたものなのかわからなくなってきてしまっているように思います。
今後のAI技術の進展を考えれば、画像生成AIは、写真により似た画像を生成することができ、写真と生成された画像の区別があいまいになってくるのではないかと思います。もはや、写真を撮らずとも、画像生成AIによって生成された「写真」でも事足りるようになる世界が、近づいているのではないかとも思います。例えば、雑誌の写真等、商用写真の一部が、AI生成画像により代用される未来が来るかもしれません(もしかすると、すでに代用されているかもしれません。)。
しかしながら、私は、「写真を撮る」という行為については、依然としてしぶとく残り続けるのではないかと考えています。その理由は、①写真は記録としての要素を持っていること、②(少なくとも現時点では)実在の人物や物、風景を正確に出力しづらいこと、③写真は自己表現の手段としての側面を有すること、④過去の写真と類似の写真ができてしまう可能性が拭えないこと、⑤写真を撮るという行為がすでに十分に簡単であることにあります。
理由
理由①:写真は記録としての要素を持っていること
写真は、その性質の1つとして、今という一瞬を切り取るという力を有しています。しかしながら、画像生成AIは、その「記録」という重要な要素を欠いています。例えば、ある年のあるお祭りの写真のような画像を生成できたとしても、そのお祭りの記録足りえません。また、友達と行った旅行のフェイク画像を生成しようとする人はいないでしょう。架空の画像を生成したところで意味はありませんし、今時スマートフォンで簡単に写真を撮ることができるのですから。
理由②:(少なくとも現時点では)実在の人物や物、風景を正確に出力しづらいこと
画像生成AIで、現実に生きる特定の人物や物、風景を完全に正確に表現した画像を安定して生成するのは、少なくとも現時点では難しいのではないかと考えています。そうすると、(理由①と若干かぶるものの)本当に「リアル」な画像を得るためには、写真を撮ったほうが早いということになるように思います。
また、人間は、人間そのものに興味を有するという性質があるように思います。いくら、とても美しい人の画像を生成できても、そんな架空の人物の写真は、人間として魅力的な推しのアイドルの写真に比べたら全然価値はないと考える人もいそうですね。
理由③:写真は自己表現の手段としての側面を有すること
写真の撮り方には、撮影者の個性が表れます。自分らしい写真を撮ることに、日々努力されている方も多いでしょう。画像生成AIは、AIによる介在を含むことから撮影者の個性を出しにくく、「写真家」としての個性は出しにくいのではないかと思います。そのため、少なくとも、私としては、例えばいくら簡単に綺麗な風景「写真」を画像生成AIで出力できたとしても、それを活用しようとは思いません。そこに、「私」としての個性はない以上、価値を感じないからです。そんな画像を見るくらいなら、インターネットでいくらでもアップされている写真家の写真を見るわ、という思いでいます。
ただし、写真とは全く別ジャンルとして、画像生成AIの使い方に個性が生じることはありそうですね。
理由④:過去の写真と類似の写真ができてしまう可能性が拭えないこと
画像生成AIは、他の画像を学習した結果できたモデルから画像を出力することから、原理上、過去の写真と類似の写真ができてしまう可能性はぬぐえません。それが著作権侵害となるかという議論は別途あるものの、著作権侵害とならなくとも炎上するリスクは出てくるのではないかと思います。
⑤写真を撮るという行為がすでに十分に簡単であること
あなたがスマホを起動して写真を撮るまで、5秒もかからないでしょう。これに対し、画像生成AIを利用したり、画像生成までには一定の時間がかかります。また、写真であれば近くにあるものを簡単に撮影できますが、画像生成AIであれば細部まで思いどおりの画像を生成するには時間がかかります。いちいち入力する単語等を調整しなければならないわけですし。
まとめ
以上から、写真を撮る行為自体は、残り続けるのではないかと考えています。ただし、写真っぽい画像がどんどんと出力され、閲覧者の誰にも気づかれず、使用される未来は近づいているようにも思います。
また、上記は、AIが一から生成した画像についての話ですが、写真を撮ったうえで、その場でAIにより画像をエンハンスする(例えば、邪魔なものを消してよりきれいな構図としたり、顔の形等をより「美しく」したり)ということは、現状のインスタ等のフィルターやSnowのようなアプリの延長線上で、気軽に使われていくのではないかと思います。今でさえ、目を大きくしたり、肌を滑らかにしたりは普通に行われている訳ですし。
そうすると、今後、「リアル」と「非リアル」の境界が、どんどんと侵食されていくことは、間違いなさそうですね。
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