本やらなんやらの感想置き場

ネタバレ感想やらなんやらを気ままに書いています。

綿矢りさ「インストール」感想

作品情報

インストール (河出文庫)

インストール (河出文庫)

なお、本作は上戸彩主演で映画化されています。

評価

☆☆☆(最高評価は☆5つ)

※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 何者かになりたい。普通の人生なんか送りたくない。

 多くの人が、一度は漠然と思い描いた夢だろう。

 それでも人は気づいてしまう。物語の中のスーパースターになどなれはしないのだと。有名になる人間はほんの一握りで、自分はヒーロー達とは違っているのだと。そんな中で、もがき、苦しむ。何者にもなれそうにない自分と、己の野望のとのはざまで。このまま普通に一生を終えるのではないかと、漠然とした恐怖感が我が身を包む。

 本作の「私」も、そんな風に考える。思い切りよく、過去の自分を切り捨てる。巨大な本棚。学習机。家族から引き継いだピアノ。おじいちゃんのくれたコンピューター。そこから始まる、何者かになるためのあがき。新しい自分のインストール。

 そこで行き着くのが風俗チャットというのが面白い。ひとかどの人物になる、有名になる。そういうことから真逆なものに、「私」ははまっていく。単に面白そうだからという理由で。

 本作では、大したことが起きる訳ではない。押入れの中、風俗チャットで会話をしただけ。母親や、青木夫人の気遣いを聞いただけ。

 「私」は思う。

何が変わった?何も変わらない、私は未だ無個性のろくでなし。(114頁)

 そんな中でも、「私」にインストールされたものがある。

ただ、今私は人間に会いたいと感じている。昔からの私を知っていて、そしてすぐに行き過ぎてしまわない、生身の人間達に沢山会って、その人達を大切にしたいと思った。(114頁)

 人に会うこと。人と会話すること。人からの気遣いを知った私は、思い切りよく諦める。

もう全部無価値だ、時間も若さも金も。(118頁)

 一旦白紙にしてしまう。全ては無価値だと。何者かになりたいと焦る気持ちを抑え、淡々と。

 そこから始まる、再出発。本作の経験を経て、「私」は少しだけ力強く歩みを進められるようになったのだろう。