作品情報
- 作者:山本 義隆
- 発売日: 2018/01/20
- メディア: 新書
評価
☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)
書評と感想
日本という国が、科学技術をどのように受容してきたかを鮮やかに描き出した一作。特に面白かったのが、本作によれば、日本はずっと科学や科学技術を何かの手段として用いてきたという点だった。明治維新から戦時中にかけて、学問は基本的に諸外国に打ち勝つための手段でしかなかった。知の創出そのものが重要視されることはそれほどなく、学問は何に役立つのかということが、継続して問われてきたのだと、本書を読んでいて思った。
敗戦により、軍事のための科学から、経済のための科学として変貌をとげても、学問が何に役立つのかという点が問われ続けているという意味では変わらないだろう。本来自由であるべきはずの学問が、雁字搦めにされていく様を読んで、もしかすると日本の政治にとって、学問というのはそれ自体が目的ではなく手段に過ぎないと考えられ続けてきたのではないかと感じた。
例えば、ひと昔前の大学を職業訓練校化しようとした動きも、まさにこの考えを同調するものだろう。大学を学問の場ではなく、経済活動に役立つ人物を作り上げるようにするための場にしようとする動き。また、文系学部不要論や政治による基礎研究に対する厳しい眼差しも、役に立たない学問を役に立たない手段として切り捨てようとする意味で、同じ考え方であるように感じた。
人間の科学技術に対する考え方というものは、時代によって大きくは変わらないのかもしれない。日本における厳しい学問の現状と、過去の歴史とを結び付けながら、そんなことを思った1冊だった。