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宮沢孝幸「京大おどろきのウイルス学講義」感想:おどろいた

書籍情報

評価

☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)

感想

「京大おどろきのウイルス学講義」というタイトルに惹かれつつも、日頃から新聞等で情報収集しているしそんなに驚くことなんてないだろう、と思って読んでみた。すると、まさに驚いたとしか言いようのない知識が詰め込まれていて、その点にもびっくりしてしまった。まさに、名に違わぬ、と言った感じで恐れ入る。

ということで、本書の私の感想は、「おどろいた」の五文字だけで十分といえば十分なのだが、せっかくなので何に驚いたかという点も書いてみようと思う。

そもそも、私は(そしておそらく世の中の多くの人と同様)、ウイルスに対して良いイメージを抱いていなかった。生物と無生物の間にいる変なやつ、人の細胞を使って小狡く自らの複製を増やし、挙句の果てには人を病気にしたり殺したりする。そんなやつに好感を抱くなんてことは難しく、ましてや親近感など抱いたことはなかった。そして極め付けの新型コロナ。友達とも会えず、旅行にも行けず、ウイルスに対する怨嗟は積もる一方である。私のウイルスに対する好感度は、0を通り越してマイナスになった。

それが、である。本書を読んだことによって、ウイルスの好感度が上がり、ウイルスに対する距離が少しだけ縮まった気がした。おそらく距離で例えると1ミクロンくらい。言い換えれば、"one small distance for me, and one small distance for mankind"というところか。

我々の体は、ウイルスの一部を取り込んで生きている。それが何よりも驚きだった。本書で紹介された人間の進化に、人間の遺伝子に取り込まれたウイルス由来の情報が寄与していたという事実。少なくとも、人間の(そして他の動物の)胎盤の形成にはレトロウイルスが役に立っていた。これまで、単純な進化論しか知らず、紫外線やら何やらによって生じたコピー時のミスだけが、積もり積もって進化促しているものばかりだと思っていた。しかし、それ以外にも、ウイルスの大きな力が、人間や他の動物の進化に役に立っていたことを本書は解き明かしており、とても興味深かった。

また、レトロウイルス由来の遺伝情報が、人間の遺伝情報の9%を占めているということにも驚いた。もはや、私の中で、「ウイルス=人間とは別個の存在である悪い奴」という等式が、完全に崩壊してしまった。少なくとも、このキーボードを叩いている私という存在は、レトロウイルスの情報を一部含んでいる。ウイルスについて悪口を書いている私自身が、DNAの約11分の1にウイルス由来の情報を保有していると思うと、何だか不思議な気持ちになる。ウイルスと人間は、血を分けた兄弟ならぬ、遺伝情報を分けあった存在だった。それを踏まえ、ウイルスに対し、たまたまお揃いのバトルえんぴつを持っている人を見つけたときくらいの親近感が湧いてきたような気がしないでもない。

そこからまた考えると、人間って変な存在だなと少し思ったりもする。我々は、我々として純粋な存在ではない。そもそもミトコンドリアを取り込んで生きている以上当たり前といえば当たり前だが、我々は、生きているんだか死んでいるんだかもよくわからない存在であるウイルスの残り香とともに生きている。そういう意味で、他の動物たちとなんら変わらず、人間は人間として雑多な存在なのだ。本当に、生物や無生物は、謎が多くて面白い。それを気づかせてくれる良書だと思った。

※ウイルスは生命なのかなんなのかという点については、少し古い本になるが以下の書籍が面白かった覚えがあるので、機会があれば手に取ってみると面白いかもしれない。