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カミュ「異邦人」感想:あなたも私も異邦人

評価

☆☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)

※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

本作はとても面白い作品だった。本書の裏表紙のあらすじを見て、物語の冒頭はこのような形で始まるのか。やたらと不条理なやつの話のようだ。不可解だ。冒頭はこのような話なのかと思って読み進めたところ、結局物語の最後まであらすじでネタバレされてしまっていて笑ってしまった。とはいえ、このようなネタバレを受けたにもかかわらず面白かったし、むしろこのネタバレがなければ本書に興味を抱かなかったかもしれない。「通常の論理的な一貫性が失われている男ムルソー」。こんなに不可解なことを行うこいつはどんな人物なのか。ドグラ・マグラのように奇々怪々な世界が広がったりするのか。わくわくしながら読んだ。

物語を読み進めて、徐々に違和感を覚える。ムルソーの考え方に、その行動の連鎖に、違和感ではなく、ある程度の納得感を抱いてしまうのだ。あらすじだけを読んだ時とは真逆の感想である。物語の冒頭でママンの死にあまり悲しみを抱かない点についても、世の中は幸せな家庭ばかりではなく、そのような家族はいるよなと思った。ムルソーが、アラビア人にわざわざ近づいて行って、攻撃されそうになって銃で撃って殺してしまった点も、急に襲われてびっくりしたんだなと思った。不合理な裁判で死刑になったところも、昔は魔女狩りなどで不条理に殺されてしまった人もいたし、まあそんな世界があるだろうと思ってしまったし、殺人が理由の一端なだけまだ合理的だなと思った。無神論者である点は私とムルソーは変わりがないし、今死刑になろうと数十年後に死ぬことになったとしても結論的には変わらないと考えるムルソーに対しても、まあそうだよねと思った。

色々な人が一番不合理だと思ったに違いない、殺害の動機が「太陽のせいだ」という発言にしてもそうだ。少なくとも、太陽のせいでムルソーはアラビア人のいる小さな泉に向かったわけで、太陽とムルソーの殺人の間には因果関係がある。もし太陽がでていなければ、彼は泉に行くこともなく、アラビア人を殺すこともなかったのだから。また、人が太陽のせいで人を殺すことがないとどうやって言えるのだとも思ってしまった。人類全員の理性に対してそこまでの信頼を抱いていない私としては、これだけ地球上に人類がいるのだから、太陽のせいで人を殺してしまう人がいてもおかしくないと思ってしまった。それこそ、歴史的には、ポルポトのように、「眼鏡をかけていたから殺した」などという不条理な世界が広がっていたのだから(今もどこかで広がっているのだろう。)。

ただ、ムルソーの考え方等に納得感があったといえども、私がムルソーと同じような人間であるという訳ではない。さすがに肉親に何かあれば悲しむし、愛情もあるし、面と向かって愛していない的なサイコパス発言をするわけでもない。ただ、ムルソーという人物は首尾一貫していて、過去にはこだわらないし、情に薄い部分があるし、嘘はなるべくつきたくない性質である人なんだなと思うと、ムルソーのことや彼なりのロジックをよく理解できる(ような気がする)。ある程度理解ができる彼のことを「異邦人だ」とはとても思えない。インターネットで異邦人の感想を読み漁り、「ムルソーの気持ちがよくわからない」、「不条理だ」といった感想を読んで、彼を異邦人だとは思えない自分自身が異邦人の側にいるのではないかとも思った。

彼を異邦人と思わない私は異邦人なのか。それとも彼を異邦人扱いする人こそが異邦人なのか。そこまで考えて、そのように考えても詮無きことだなと思った。結局、人は他人を完璧に理解できるわけでもない以上、あなたも私も、程度の差こそあれ誰かにとっての異邦人なのだから。あなたにとってムルソーが異邦人であるのと同じ意味で、きっと私とあなたも異邦人なのだろう。不条理な本書を読んで条理を考え、邦人の中に異邦人を見出すことができた。私の思考の制限が1つ解放され、これもまた、一つの幸福なのだと感じた。

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