作品情報
監督:アフォンソ・ポイアルチ
評価
☆☆☆(最高評価は☆5つ)
※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。
ネタバレ感想
本作は、アンソニー・ホプキンスの演技が素晴らしく結構面白い作品だった。王道のサスペンスという感じで、予想のつかない方向に事件は流れていき、犯人は犯人で一ミリも共感できないものの、まあ殺人犯が考えることとしてはあり得るだろという範囲の動機を持って、己の主義に殉じて一本気で死んでいったというのも、筋が通っていてよかったと思う。物語の端々に無駄にグロい箇所が多かったりしたものの、許容範囲内であるように思った。
本作を見終えて、様々な感想をダラダラと眺めていると、意外と犯人の動機が考えさせられるものだという意見がちらほらとあって驚いた。今後病で苦しむであろう人間を、本人が気づかぬ間もなく本人の同意なく殺す。そんなことが、「考えさせられる」と言った、考察の対象となる人がいるということ自体が非常に興味深かった。
そもそも、非常に当たり前ではあるが、誰かが誰かを殺すということはあってはならないことである。かつて、人の命が非常に軽く、簡単に殺されていた時代があった。そこから人間は進歩して、人は誰しも平等であり、人は生きる権利を有し、誰しもが幸福を追求する権利を有するということを認められるほどに成熟してきた。太古の昔、例えば「奴隷は所有物だから金銭賠償すれば殺してもOK」としていた野蛮な状況から、個人が個人として尊重される時代まで来たのである。今回の殺人犯の思考は、この人類が積み上げてきたものと真っ向から対立する。「苦痛から逃れさせるために予め殺してあげましょう」という、人の生命と苦痛を勝手に天秤にかけて殺すという、人として許されざることをやっている訳である。このような犯人の思想は、完全に狂っている(ただ、殺人犯の倫理観が狂っていることは当たり前の話なので、この点はこの映画の欠点では全くない。)。
そんな意味で、本作はこの点を考えさせる作品ではないなと思った。苦痛が待ち構えている運命を本人に知らせ、本人の同意の元に安楽死させるべきかどうかという話であればまだしも、本作は本人の預かり知らぬところで苦痛を逃れさせるのが慈悲だ何だと勝手に思い込んだ致命的に倫理観が欠如している殺人犯が殺人を行い、結局正当防衛で殺されたというだけであって、そこに思想的な深みはなかったように思う。
ただし、全ての映画が思想的な深みがなければならないという話でもないし、そのように深い映画ばかりだと疲れてしまうだろう。本作は気楽に見るのにちょうど良い作品で、これはこれで良かったと思う。
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