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「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」感想:愛。

作品情報

監督:キャリー・ジョージ・フクナガ

評価

☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)

※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 延期を経てついに公開されたノータイムトゥダイで、ダニエル・クレイグの最後のボンド映画が終わってしまった。それ自体は非常に悲しいことであるものの、本作で彼の演じるジェームズ・ボンドは有終の美を飾ったと思う。

 総括として言えば本作のNo Time to Dieは良いところも、悪いところもあった。いつもと同じく格好良いボンド。大活躍のQや一目見るだけで心奪われるボンドガールのアナ・デ・アルマをはじめ、魅力あふれる脇役たち。マドレーヌの心を美しく歌い上げるビリー・アイリッシュの主題歌。華々しい活躍を見せるボンドカー・アストンマーティンDB5、自らの鼓動まで早くなるようなド派手なアクション。美しい各地の風景の中で繰り広げられる壮大なドラマ。

 このように、本作の魅力は数あれど、ストーリーは一部荒が目立ったと思う。特に、悪役であるはずのサフィンの動機がよく分からない。彼はなぜ、ここまでのスケールで大量殺人を行おうとしていたのか。狂った信念に自らを委ねているようにも思えないし、このようなジェノサイドを行おうとしている割りに子供は簡単に見逃すなど、その考えには整合性が取れていないように思った。まだ、世界征服を企んでいるだとか、世界中の首脳を脅して金をせびろうとしていたという動機の方が納得できた。また、全編を通じてブロフェルドの影がちらつくせいで、サフィンには悪役としての存在感もなかった。これらからすれば、サフィンは、今までの悪役、特にスカイフォールのラウル・シルヴァの足元にも及ばないと言えるだろう。

 また、最後にボンドが死ぬシーンも、その理由は若干取ってつけた感があったように思う。なぜボンドは死ななければならなかったのか?殺人兵器に感染していたとしても、人に触れさえしなければ問題がないし将来の科学技術によって毒を取り除けるかもしれない。MGS4のFOXDIEのような、空気感染により無差別に人を殺しうるウイルスに感染したのであれば、まだ死を選ぶ理由はあるように思うが、接触感染なら死なずとも、まだやりようはあったように思う。

 このようなストーリーを踏まえれば、本作は007の物語としてはそれなりの作品であるとしか評価できないように思う。しかし、007ではなく、ダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンド5作品の最終作として考えれば、本作は非常に充実感のある作品であるように思う。

 ダニエル・クレイグ演じるボンドの素晴らしい点は、正直なところ数えきれない。今までのボンドにはなかったようなベクトルでの猛々しさ、力強さ、冷酷さ、格好良さ。それだけではなく、完全無欠なスーパーヒーローではなく、一人の人間としてのボンドを描いてくれたのが、クレイグのボンドの良さだったと思う。過去を引きずる弱さを持つ人間としてのボンド。カジノ・ロワイヤルからずっと、ボンドの心の片隅にはヴェスパーがいた。

 本作において、愛するマドレーヌ・スワンとの幸せな日々の中で、ヴェスパーの墓を訪れたボンドは、I miss youと呟き、Forgive meと書かれたノートを燃やす。そこで気付くスペクターのマーク、爆発。この爆発は、スペクターがひたすら彼を待ち伏せしていたことが原因である可能性があるにもかかわらず、ボンドは一方的にマドレーヌが内通していたと疑って唐突に別れる。この別れ方には少し驚いたものの、彼女の生い立ちを考えれば分からないでもないし、そもそもボンドはヴェスパーに裏切られて人を心から信じることができなくなっていたのかもしれない。また、このような警戒心を保ち続けたからこそ、死地に赴きながらも彼は今まで生き延びてこれたのだろう。

 そして足早に舞台は移り、5年後。ボンドの鍛え抜かれた肉体は昔と変わらず力強いものの、その精神は空虚であるように感じた。彼はただ、いたずらに時間を浪費しているように見えた。それは、その後のシーンでの生き生きとした彼とは対照的である。

 マドレーヌとの再会、そして和解。人間味溢れるマドレーヌへの告白は、クレイグ演じるボンドらしい非常に深みのあるシーンである。マティルダが自分の子ではないと言われまごつくボンドや、マティルドに対して慣れないであろう家事をするボンドに、自然と笑みがこぼれた。

 今作の大きなテーマの1つは、家族愛であったように思う。今まで、孤高のスパイであったボンド。そのボンドが、初めて家族を愛することを知った。大虐殺を行わんとする敵の基地に侵入し、血みどろの争いを演じながらも、マティルドのぬいぐるみを拾い上げて持って帰ろうとするそのシーンが、それを象徴的に表していただろう。

 本作の最後については、多くの賛否両論があるようだ。自分自身、今までのボンドフィルムのシナリオや、No Time to Dieというタイトルから、ボンドは無敵なんだ、死ぬことはないんだと信じていた。それが突如覆されたラストシーン。上記のとおり、自分としても納得のいかない部分が無いわけではないものの、ボンドは不死身などではなく、家族を愛するただの一人の人間だと確信させてくれた物語のエンディングは、人間味溢れるクレイグのボンドの最終作として、相応しい終わり方だったと感じた。

 愛する人に裏切られ、何人ものパートナーのいずれをも完全に信頼することができなかった冷徹なスパイとしてのボンドが、再び愛を知り、心から人を信じる。そして、最後には愛する恋人と娘のために命を捧げる。愛という普遍的なテーマを根幹に据えたダニエル・クレイグのボンドの5部作。これら5作品は、今後も長く続いていくであろう007シリーズの中でも、決して輝きを失うことなく多くの観客を魅了し続けるのだろう。