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トーマス・トウェイツ「ゼロからトースターを作ってみた結果」感想:ルールの潜脱が面白い作品

作品情報

なお、本プロジェクトに関する実際の映像は、以下の著者の講演で見ることができます(英語)。

評価

☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)


※以下は本作のネタバレを含むので、注意してください。

感想

 本書は、自分で定めたルールをいかに理由をつけて破っていくかという点が面白い本だった。

 初めて本書のタイトルを読んだ時、ゼロからトースターを作るなんてすごいなと、原料も一から調達するなんてすごいなと思ったものだ。自分で製鉄し、またプラスチックまで作り出す。そんな過程が描かれるのだとワクワクした。

 そんな期待は、あっさりと打ち砕かれる。少し前まできちんと製鉄しようとしていたのに、突如現れる電子レンジ。炎と電子レンジの違いを考えて、合理化を考えるもそれを放棄してあっさりと電子レンジを使う様はヒューモラスだった。また、プラスチックを「採掘」するという形で合理化するというルールのかい潜りかたも、何ともユニークだった。

 このようなルールの潜脱が、たった500円のトースター作成の難しさをそのまま表しているのが、本書の一番面白いところだ。本プロジェクトが結論ありきものだったならば、達成困難なルールを作者は策定しなかっただろう。きっと、電子レンジ等の現代技術を使うのは可能だとか、あらかじめルールを緩く設定していたはずだ。しかしながら、自分で決めたルールを自分で破るという行為自体が、トースターを少しも作ったことのない段階(ルール策定時)におけるトースター作成の難しさと、実際にトースターを作った際に発見したトースター作成の難しさの差異を、そのまま表しているのだ。

 そもそも、著者は簡単にルールを破ろうと考える人ではない。その類稀なる行動力で可能となる選択肢を全て試した上で、それでも難しいものについて仕方なくルールを破っているということは、本書の端端から感じられる。普通の人は炭鉱に行って鉄鉱石を掘ろうとは考えないし、石油会社に粘り強く連絡して原油をもらおうとは考えない。そんな、類稀なるモチベーションを持った人であっても、多くの人に相談をして情報を入手したとしても、たった500円のトースターも満足に作り得ないということを、本書は鮮やかに描き出しているのである。

 人類は、一人では安価な製品であったとしてもまともに作ることはできない。その過程を包み隠さず明らかにした本プロジェクトは、人間と社会の関係を考えさせる一流のアートだと感じた。

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