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村田沙耶香「タダイマトビラ」と人類の脳

作品情報

タダイマトビラ (新潮文庫)

タダイマトビラ (新潮文庫)

評価

☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)

※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 村田さんの芥川賞受賞作である「コンビニ人間」もなかなか強烈な物語でしたが、本作はそれと段違いにぶっ飛んでいる作品でした。家族愛を単なる「カゾクヨナニー」と切り捨ててゴミ捨て場に野晒しにするような考え方は、人類とは全く異なる生物からの視点だと感じました。

 そもそも、「家族愛」というものはどこから湧き出てくるのでしょうか。これを考える上で参考となるのが、パトリシア・S・チャーチランド著の「脳がつくる倫理」という本です。

同書には、家族愛の要素の1つである気遣いについて、以下のような記載があります。

自己への気遣いのみという状態から、哺乳類に典型的な様々な種類の社会性(他者への気遣い)へと至る決定的に重要な移行が生じたのは、哺乳類のメスの脳を「母性化する」神経-身体メカニズムによってである。(中略)このようなメカニズムが最初選択されたのは、(中略)子の幸せのために身を捧げるようにするのを確かにするためであって、(中略)この世話をさせる回路を持った哺乳動物は、子を放置しがちな哺乳動物よりも、子の生存率が高かったのである。(同書42~43頁。)
気遣いの範囲が、まずは人に頼らなくては生きていけない幼児に広がり、それが次に配偶者や血縁者、さらに自分の帰属している集団にまで拡大する。神経の連関からなる複雑なネットワークの中心に位置しているのが、オキシトシンOXT)である。(中略)オキシトシンは、哺乳類においては、自分に対する気遣いを幼児に広げ、それをさらに広範な気遣い関係にまで拡大させるべく脳を組織化するのに利用されてきた。(同書83頁。)

要するに、気遣いを含む家族愛の根源の少なくとも一部は、進化の淘汰圧によりにより生じた脳のメカニズムにあり、その中心的な役割を果たしているのがオキシトシンというホルモンであるということですね。言い換えれば、私たちの頭の中の神棚で無意識に崇め奉られている「家族愛」は、進化により生じた人間の脳の構造により生み出されているに過ぎない部分も大きいと考えられます。そして、人間社会というおとぎ話の世界から一度飛び出してしまえば、家族愛の尊さ・神秘性というものは、シンデレラの魔法のようにあっさりと失われてしまうのでしょう。また、そのような本作の立場からすれば、家族愛が「カゾクヨナニー」に過ぎないと考えるのも、納得です。

「もう苦しくないよ。カゾクというシステムの外に帰ろう」(本書218頁)。この言葉は、家族という概念に苦しんでいる人々に向けられた、非人類からの福音なのかもしれません。

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