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スティーブン・ウィット「誰が音楽をタダにした?」書評と感想

作品情報

評価

☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)

書評と感想

 海賊版の隆盛により音楽がタダになり、音楽ストリーミングが主流になるまでを描いた本作のあらすじは、まとめれば非常にシンプルとなる。

 ラップが一つのジャンルとして流行し、ユニバーサルミュージックがそれを独占した。ある男がユニバーサルミュージックの工場からCDを繰り返し盗んだ。音楽の圧縮技術(mp3)の発達により、少ないデータ量で盗んだCDのデータをインターネットにアップロードすることが可能になった。違法音楽配信サイトを運営する組織により、計画的にCDが盗まれ、その音楽がアップロードされた。そして、それが多数のウェブサイトに転載されていき、世界に拡散された。

 このように要約するとシンプルだが、それぞれのエピソードが交互かつ詳細に語られているおかげで、本書は非常にエキサイティングだった。

 本書では、興味深いエピソードがいくつも語られる。例えば、今では当たり前のように皆が使っているmp3が、開発当初は規格闘争に破れなかなか使われなかったこと。モリスという天才エグゼキュティブがCDを売った一番の手法は、まだ一地域でしか売れていないバンドを探し出して大々的にアメリカ国内の各地で売ることであったこと。mp3がここまで人気になったのは違法アップロードされた音楽にmp3が使われていたからだったこと。今まで自分が見知ってきた違法ダウンロードの裏側が合理的な説明と共に暴かれ、非常に興味深かった。

 そんな本書のエピソードの中でも一番面白かったのが、違法音楽アップロード組織の構成員は、基本的に金銭的対価を得ていなかったことである。

 本書によれば、基本的に同組織の構成員は、音楽を違法アップロードすることによって、組織専用サイトの他の違法アップロードされた音楽を聞くことなどができるにすぎず、金銭面での見返りは受け取っていなかった。また、1つの組織専用サイトで音楽がアップされれば、それがすぐに複数の音楽サイトに拡散され、音楽を違法アップロードせずともそのうち誰でも見られる状況になる。それにも関わらず、音楽組織が複数存在し続け、また、音楽を違法アップロードする人がいなくならなかったのはなぜか。

 その理由が、他人からの賞賛や自己満足だった(283頁)というのが面白い。その当時の違法音楽アップロード組織は、どの組織が一番早く人気のCDをアップロードできるか競い合っていたらしい。そして、他の組織より早く音楽を流出させることができれば、他人から賞賛される訳だ。このようにして、自分のアイデンテティを確立していた人が多かったからこそ、音楽の違法アップロード組織はなくならなかったのだと、本書を読んでいて感じた。

 何と人間的な理由だろうか。これは、例えて言うならば世紀の大泥棒が、厳重に警備された高級な物を盗むだけ盗んで、その後他の人に配ってしまうような物である。そこに何ら合理的な考えはない。音楽と言う巨大産業に大ダメージを与えたのは、本物の悪党なんかではなく、賞賛されたいと言う欲求を持った小市民たちだったのだ。それを知ったとき、呆気ないと思うと同時に、現実とはそんなものなのだという事実に気が抜けた。

 本書は、音楽がタダになるまでを的確かつ明確に描いた本であり、今ではSpotifyなどのサイトで簡単に聞けるようになった音楽について考える上で、非常に参考になる本だと感じた。