作品情報
なお、本作は、ソノラマ文庫版、朝日ノベルズ版から一部修正された最新版となります。
評価
☆☆☆(最高評価は☆5つ)
※以下は本作のネタバレを含むので、注意してください。
ネタバレ感想
最近、小川一水さんの作品は天冥の導シリーズばかり読んでいたこともあって、本作はかなり軽快な作品だったなと思いました。分かりやすいストーリーに、共感しやすいキャラクターたち。そして、視覚に訴えてくるかのような描写の数々。肩肘張らずに読むことのできる良い作品だなと思いました。
本作の軽快さ
本作の軽快さは、物語の各所に現れています。例えば、折津と"えるどらど"の乗員が初めて出会うシーン。立場の違う組織同士の人員が言動による鍔迫り合いを行う第一歩として行われたのは、折津に素手でカレーを食べさせることでした。
初めてこのシーンを読んだ時、その光景が容易に想像できてシュールな笑いが込み上げてきました。大の大人たちが、折津に対しカレーを素手で食べさせるいたずらを行う。まさになんじゃこりゃ、といった状況です。また、話し合いが終わっても不思議そうにスプーンとカレーを見比べていたこなみが、力の抜けた愛らしさを醸し出すシーンでもありますね。
他にも、フィリピンでニュークの観測をする際に、折津の目の前でこなみと鍋島がおやつについて言い争ったり、どことなく気が抜けるようなやり取りを含んだ読みやすい作品でしたね。
そんな軽快な本作でしたが、例外的な部分があります。本書の結末部分です。人類がニュークをどう扱うかがよく分からないまま物語は幕を閉じます。人類はニュークを滅ぼすのか、それとも共存するのか。それは謎のままなのです。
しかし、ニュークやシーリボンは海の象徴であり、海は人類に恩恵も災厄ももたらすことからすれば、白黒はっきりしない本作の終わり方はふさわしいものだったのではないかと思います。
視覚的な本作
さて、本作の描写について言えば、小川一水さんの作品の中でも特に非常に視覚に訴えてくる作品だったように思いました。海、船、人類。身の回りでよく見るような数々だったからこそ、読んでいてとても浮かんできやすかったです。また、ニュークもハリウッド映画に出てくるような怪物みたいで、これもこれですんなりと想像しやすかったです。
本作で最も視覚的だなと思ったのが、鍋島たちが「群青神殿」を発見するシーンです。
創世の時より続く永遠の暗黒に覆われた水底に、ほの青くひかる大地があった。(中略)濃い純粋な青の光のみを放つそこは、まるでー群青の神殿。(298-299頁)
群青の神殿なんて、見たことも聞いたこともなかった。そんなはずなのに、脳裏で立ち上がる美しく蒼き神殿。普段では決して味わうことのできない不思議な読書体験でした。
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