作品情報
- 作者: 長谷敏司
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/06/10
- メディア: 文庫
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評価
☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)
※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。
ネタバレ感想
死の絶望と希望
本作は、死について深く、深く考えさせられる物語でしたね。冒頭を読んだ段階では、死とは残酷で絶望をもたらすものでしかなかったのに、最後まで読むと死がある種の希望のように思えてくるのが不思議でした。
主人公のサマンサは、死について非常に理性的に考える人でしたね。徐々に自分がいなくなる事を受け入れていくかのような世界に、死による絶望を突きつけられたサマンサはこう考えていました。「彼女がどう抵抗しようが、死にも意味はない。」(194頁)信仰も家庭もない彼女にとっては、死の絶望はより一層重かったことでしょう。
サマンサは、環境セルを着込み仕事に逃避する間は、この絶望から目を背け取り繕うことができました(82頁)。しかし、環境セルのない生身の人間である彼女にとっては、死とはあまりにも重いものであり、大昔の人間と同じように振り回されます(219頁)。
そんな彼女は、死についてある種の希望を見出します。それは《サマンサ》との会話の中にありましたね。人は人間の動機を正しく再生する肉体を持っているからこそ、人として認められる。正当性はなくとも、そのような政治的な協定があるのだとサマンサは主張します。(420頁)言い換えれば、死すべき存在だからこそ、人間であるということですね。
しかしながら、結局のところ、これは希望とはならないのではないかと僕は思いました。サマンサを認めている通り、これは人間の定義をどうするかの問題にすぎず、肉体を持たない人格を人間と認めても特に障害が生じる訳ではないのですから。むしろ、個人と同じ人格をもつものは、人間と捉えるのが普通でしょう。
しかしながら、死そのものだけではなく、死と他のものをセットで考えるという本書の発想は新鮮でした。そして、本書を読んだ今思った事は、人生と死は切り分けられないものであり、それだからこそ死もまた希望足り得るのではないかということです。本書のようなITP言語は開発されていない我々の世界では、人間と同様の知性をもち、人間同様に幸せに過ごせる生き物は、人しか見つかっていません。そのような存在として生まれ得たことが希望であり、その生と死は不可分であるからこそ、死すらも生の一部として希望を為すとも考えられるのではないでしょうか。
「あなたのための物語」というタイトルの意味
さて、話は変わりますが、「あなたのための物語」というタイトルは何を表しているのでしょうか。
まずは、このタイトルは、本書の中心となっていた《wanna be》の書いた物語を表していると感じました。《wanna be》から見た「あなた(=サマンサ)」のための物語ということですね。
同時に、このタイトルは、この物語が「あなた(読者)」のためのものであることを表しているように思えました。
なお、本書の240頁では、「わたしのための物語」というよく似た言葉が出てきます。
サマンサと母にはまったくちがう価値基準が存在し、真実はひとつではなかった。(中略) 「おまえが自分自身を愛するより深く神様はおまえを愛してくださるんだよ」 「それはママのための物語で、わたしのための物語じゃないわ」
この部分からすれば、「わたしのための物語」とは、わたしの価値基準を構成するようなお話ということになりそうです。そして、本書のテーマが人の死であり、「物語」がサマンサの死の絶望を和らげるものであったことからすれば、このタイトルには、本書の物語が読者の死の絶望を和らげるものになって欲しいという、作者の願いが込められたタイトルであるように感じました。
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