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村上春樹「パン屋再襲撃」感想:パン屋再襲撃の理由を考えてみる

作品情報

評価

☆☆☆(最高評価は☆5つ)

本作は、6つの作品が収められている短編集です。そのうち、本稿は、パン屋再襲撃についての感想等を取り扱います。 ※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

感想

本作は、パン屋再襲撃という名のとおり、「パン屋襲撃」という村上春樹さんの短編の続編に当たります。本作の真面目な解説は、プロの方の解説*1にお任せするとして、本稿では単なる感想と僕なりの解釈を書いていきます。

パン屋を再襲撃したい。そのような感情と無縁の生活を過ごして来ました。結婚というレールに乗せられてしまった主人公たちにとって、パン屋の襲撃とは、決まり決まってしまった日常への反抗といった意味を有するとも読めるなと思いつつも、いまいち腑に落ちません。どうせやるならば、マクドナルドへの襲撃ではなく、もっと大それたことをやってみなさいよと思ってしまいました(きっとパン屋というところに意味があるのでしょうが。)。また、パン屋の襲撃に慣れている妻が出てきたり、色々とシュールな作品ですね。日常から非日常へ。三回転捻り半ぐらいの跳躍を見せてから、最後に日常に着地する感じがたまらなく好きです。

パン屋再襲撃の理由

さて、本作で気になるのは、なぜ主人公の「僕」はパン屋の再襲撃を行なったかという点です。そこで、パン屋再襲撃に至る流れを確認してみます。

パン屋襲撃に至る流れその1。「僕は何はともあれとにかく妻にパン屋襲撃のことを話してしまった」(11頁)。そう、物語はそこから始まります。ただ、パン屋襲撃のことを話したからと言って、それだけでパン屋を再襲撃したくなるというアホな話はありません。

パン屋襲撃に至る流れその2。「理不尽と言っていいほどの圧倒的な空腹感」(12頁)。とてもおなかがすいた、家に食べるものがない。それだけの理由でパン屋が襲撃されるのであれば、この世の中のパン屋は壊滅させられてしまうでしょう。

パン屋襲撃に至る流れその3。妻による外食の拒否。彼女は、「夜の十二時を過ぎてから食事をするために外出するなんてどこか間違ってるわ」と言います。それでいてパン屋襲撃はOKというのですから、しっちゃかめっちゃかで面白いですね。この点もあまり関係なさそうです。

パン屋襲撃に至る流れその4。「特殊な飢餓」(14頁)。すなわち、水面のボートの下にある海底火山。そして「奇妙な体内の欠落感」、「恐怖」(16頁)。これは、過去のパン屋襲撃における「呪い」(22-23頁)ともつながるでしょう。パンを奪うことができず、ワグナーのLPを聞くことと引き換えにパンを手に入れたことで、「僕」には呪いがかかったわけですが、その話を妻に伝えることで、水中の海中火山がくっきり見えるようになります(24頁)。呪いや、海中火山というタームから、何やら恐ろしげな響きがしますね。いずれ呪いや噴火によって「僕」の大事なものが損なわれてしまいそうな気がします。

パン屋襲撃に至る流れその5。妻によるパン屋再襲撃の提案。彼女は、「もう一度パン屋を襲うのよ。それも今すぐにね」「それ以外にこの呪いをとく方法はないわ」と言います(25頁)。そして、主人公たちはパン屋の襲撃に向かうわけです。

このように主人公たちは、呪いを解くためにパン屋再襲撃を決意した。では呪いとは何か?それが次の問題となります。

呪いとは何か

呪いとは何かについて考察するために、呪いにかかった経緯を確認します。主人公たちはパン屋襲撃によりパンを強奪するのではなく、ワグナーを聞かせられる代わりにパンを持っていったことで呪いにかかったことは明らかです。

ここで、「僕」がなぜパン屋を襲撃したのかを考えてみましょう。当時、「僕」は貧乏で、食べるものに不足していました。そして、なぜ働かなかったかというと、「働きたくなかったからさ」と答えます。そのため、「食べものを手に入れるために実にいろんなひどいことをやった」と僕は語ります(17-18頁)。「僕」は違法なことを行なったことが示唆されますが、「僕」は少なくとも「働きたくないから奪う」という思いに忠実に生きていたことが分かります。パン屋を襲撃するなど、法に触れるようなことをやるよりも、働くなりバイトするなりてお金を稼ぎ、食べ物を手に入れた方がよっぽど楽だったでしょう。そこであえて「働かずに奪う」ということを選択してきたということは、「僕」に働かないことで社会へ反抗するという信念を持っていたのではないでしょうか。

しかしながら、パン屋襲撃の際に「僕」は妥協してしまいます。思いがけない状況に戸惑った「僕」たちは、「働きたくないから奪う」という信念を投げ捨て、ワグナーの曲を聞く代わりにパンをもらうという取引に手を染めてしまいます。社会に反抗するのではなく、取引をすることによって、社会に取り込まれてしまったように思います。そこで何かが変化し、「僕」は結局大学に戻って法律事務所で働き始め、社会の一員としての生活を始めます(21頁)。しかし、社会に反抗するという信念を持っていたにもかかわらず、妥協の上で社会に取り込まれてしまったという鬱屈した感情が、海底火山のように僕の心の中で噴火の瞬間を待ち侘びていたのではないでしょうか。それが、パン屋再襲撃の背後にあった理由なのではないかと思いました。

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