作品情報
- 作者: 藤井太洋
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/08/24
- メディア: 文庫
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評価
☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)
※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。
ネタバレ感想
本作は、近未来の設定の短編集で、登場しているテクノロジーもあり得そうなもので読んでいてとても楽しかったです。僕の知的好奇心を掻き立てるような作品集で、読んでいてとてもワクワクしました。この著者の他の作品も読みたくなりましたね。
ただ、本作の欠点をあげるとするならば、物語のストーリーよりも舞台設定そのものに焦点が当たっているように思えることですね。他のSF作家、特に伊藤計劃さんと比較すると、舞台設定の面白さは劣らないとしても、ストーリーそのものの力強さは劣るように思えてしまいます。なんとなく、本短編集のストーリーには考えさせられるようなテーマが薄いような気がしました。
以下では、各短編ごとに感想を書いていきます。
コラボレーション
「持ち主もないままインターネットでのたうち回るサービスを『ゾンビ』と呼ぶ。」(9頁)冒頭のこのネーミングの時点でやられたと思いました。世の中にゾンビものは数あれど、まさかのゾンビ×Webサービス。新しいアイデアを生み出す基本は既存の概念を組み合わせることとは良く言いますが、ゾンビとWebサービスを組み合わせる視点は自分に全くなかったので、冒頭の時点で面白かったです。
この「ゾンビ」、現実世界でもすでにあり得るんでしょう。Webサービスとは少し違いますが、Twitterにはbotと呼ばれる、自動でツイートするbot(機械による自動発言システム)があります。そして、botによっては、持ち主が放置したにも関わらず、延々とツイートを垂れ流しているものも存在するんですよね。これも、本作の定義からは外れますが、「ゾンビ」と呼べなくもないかなと思いました。
このようなネーミングだけでなく、舞台設定そのものも非常に面白いと感じました。遺伝的アルゴリズムによるプログラムに汚染されたインターネットではなく、トゥルーネットが使われている世界。プログラムも単なる文字列にすぎませんから、遺伝的アルゴリズムによってプログラムが作成できると考えても何もおかしいことはなく、非常にリアリティのある設定だと思います。
そして、主人公が修復機構の暴走の懸念を差し置いて、修復機構に積極的に協力することを決めるという物語の結末も良いですよね。世の中には理性ではなく感情で動く人がおり、時にそのような人の感情的な決断によって災厄はもたらされ得るんですよね。パンドラが、好奇心から箱を開けてしまい、世の中に災厄が飛び出したように。
本作の後の世界には、果たして希望は残っているのか。本作の数年後の世界を描いた「Gene Mapper」も是非読みたいと思わせる作品でした。
- 作者: 藤井太洋
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2013/04/24
- メディア: Kindle版
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常夏の夜
災害からの復興という普遍的なテーマと、量子コンピューターやARといった未来の技術が交錯するのが非常に楽しい短編でした。
全てのあり得る状態が重ね合わせられているからこそ、量子コンピューターによって未来の予測ができるという点は、ファンタジックだなと思いました。
量子が示し得る、文字列の極めて大きなバリエーションの中には、未来と一致する記述が存在し得ます。文字列は、有限種類の文字が組み合わされたものにすぎないのですから。しかしながら、膨大な文字列のうち、未来と一致する一文を抜き出すこと自体は非常に難しいわけです。ボルヘスの短編に出てくるバベルの図書館*1の本棚から、未来と一致する本を抜き出せと言っているようなものです。
ただ、そもそも本作は、量子の重ね合わせ状態からうまいこと結果を取り出せる技術が開発された世界だという設定ですから、この点についてこだわるのも野暮でしょうね。
さて、本作のストーリーについて見てみると、最終的に主人公たちを救うのが人間だったというところが面白いですね。量子コンピューターネイティブの子供が、感覚的に量子コンピューターをうまく扱う方法を把握していく。
人間の持つ可能性に対する賛歌を奏でる、素敵な物語だと思いました。
公正的戦闘規範
本短編集で一番面白かったのが、本作です。無人機やAIの登場などによって、戦場の人間以外の存在によって人が殺されるようになった世界。その世界で殺害させる人数を減らすために、あえて戦場にいる人間による殺戮のみを認める「公正的」戦闘規範の発展が示唆される。
この本作の発想は、荒唐無稽なものではありません。本作でも指摘されている通り、クラスター爆弾やホローポイント弾など、非人道的な兵器が規制された例はいくつもあります。
個人的には、ロボットや無人機同士が戦争して人が死なないような規範を作れれば一番人道的だとは思いますが、各国全てがそのようなロボットや無人機を持つ財力・技術力を持てない以上、この考えは理想論にすぎないでしょう。
戦場における「公正」とは何かを考えさせられる、とても面白い短編でした。
第二内戦
リベラルな州と保守的な州が分裂する。この物語を完全にありえないと思えないのは、昨今のトランプ政権を見ているからなのでしょうね。
物語におけるFSAの状況を読んでいると、頭の中で以前行ったアメリカの状況が思い返されてきました。例えば、今でも南部の保守的な州では、南北戦争で奴隷の維持を掲げた南部が当時使っていた南部海軍旗が、未だに掲揚されていたりするんです。このような状況を踏まえると、アメリカの分裂は、完全に有りえない話ではないと思ってしまいますね。
物語自体は読んでいてハラハラする緊張感のある作品だったと思います。
そして、物語の最後に主人公がAIをすんなり受け入れているのには違和感が有りました。自分の体が操作されているのに、そんなにあっさり受け入れられるのかと。自分だったら、絶対に怖くて受け入れられないと思いました。
軌道の輪
宇宙空間における宗教。それもまた面白いテーマですよね。ただ、本作ではそこが掘り下げられることがないまま、物語が終結します。
物語の最後に出てきた太陽を包む殻は、ダイソン球*2の一種でしょうね。
ストーリーとしては、木星で助けられた主人公が紆余曲折の後にダイソン球を作るという話であって、そこまで面白いとは思いませんでした。
- 作者: 藤井太洋
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2013/04/24
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