作品情報
監督:細田守さん
評価
☆☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)
※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。
ネタバレ感想
映画を見終わった後、世界にこの作品は素晴らしかったと叫びたくなり、目の前のキーボードを叩いています。
物語の冒頭から、ぐっと物語に引き込まれました。印象的な音楽、映像美、突如現れるクジラ。中村佳穂さんの圧倒的かつ透明な歌唱力。ディズニー的な要素をうまく取り入れながらも、独自の世界観を生み出し、すずの真っ直ぐな内面とうまく組み合わさっている歌声が、非常に良かったです。物語が終わっても、目の前からすず達の世界が消えてしまっても、心の中で鳴り止まない、素敵な音楽。心が暖かくなる音楽。映画を見終わって、この音楽を聴きながら余韻に浸っています。
映像美も素晴らしかったです。自分自身の存在から生まれるアバターとしてのAs。子供っぽい人は赤ちゃんで、正義感強いっぽい人は一昔前のヒーローのような姿をしていたり、か弱そうな男の子の知は(おそらく)クリオネだったりと、本人の要素が多種多様に表現されていて、見飽きませんでした(スライムみたいな形状のAsもあって、自分自身の唯一のアバターがスライムってのも若干可哀想でしたが、幸せそうだったのでOKです。)。また、美女と野獣をオマージュした竜や城などの世界観も、アバターの世界とうまくマッチしていて、非常にクリエイティブでした。でも、一番好きだったのはスピーカーが乗ったクジラたちですね。現実世界では、フジツボとかがくっついたりしているクジラが、沢山のスピーカーを備えて、Belleの相棒としてやってくる。これまで見たことはなかったけれど、とてもしっくりするデザイン。本作の歌とともに心に残り続ける形をしていました。
そして、ストーリーも良かったです!美女と野獣の要素をうまく取り込みながら、単なるエンタメではなく、少女がトラウマを乗り越えて人間として成長する姿を描き切っていたのが、非常に好感が持てました。
自分を置いて、見ず知らずの子供を助けて命を失ってしまった母。母との思い出が詰まった歌うという行為そのものがトラウマとなってしまい、歌えなくなってしまったすず。しかし、Uという自分の力を100%引き出してくれる世界で、すずは歌を取り戻します。ただし、それはあくまで、Uがすずにもたらしたかりそめの力にすぎません。縮こまっていたすずが、母とともに培った歌の力によって、トラウマを乗り越えて独り立ちできるか。それを扱ったのが本作だったのだと思います。
なお、本作のストーリーについては、説明不十分だという批判をいくつも目にしました。しかし、本作は説明不十分なんかではなく、物語の解釈を与えるような余白を持った作品であったように思います。
説明不足だとして挙げられていたものとして、なぜすずが、(好きでもないのに)ここまで本作のキーパーソンである竜を気になったのかという点があります。これは、すずが虐げられていた竜とその痣を見て、いてもたってもいられなくなり、助けたいと強く願ったからなのではないかと思いました(ここは、オマージュもとの美女と野獣のストーリーラインからうまく外していますね。主人公の名前がベルという美女だったり、醜い化け物が登場したり、作画がディズニーだったり、ダンスシーンがあったりと、本作の根底に美女と野獣があることは明確ですが、そのとおりに話が進むのかと思いきや良い意味で裏切られました。)。周りの人から愛情深く育てられたからこそ、優しい存在に育ったからこそ、すずは竜を見捨てられなかった。自分の歌という能力やそれにより築いた名声を、お金や自己承認欲求を満たすために使うのではなく、誰かのために使う。Uの世界で、母とともに練習した歌に導かれるかのようにして、自分の思いを伝えられるようになり、一人の人間としての強さを徐々に培ったすずは、最後にはUの世界で築いた全てをUnveilによって投げ捨ててでも、恵たちを救おうとします。そして、自らUnveilした際に卵型の群衆が崩れ、真のすず(Belle)が誕生しました。上っ面の美しいアバターの姿などなくても、一人の歌手として数多の観客の心を震わせたすずは、もう以前の弱いすずではなく、すずの母のような強い女性になったのだと思います。
その後、一人ですずが東京に行ったのはびっくりしました(なんで周りの人々はすずを一人で東京に行かせたんだという意見も結構目にしました)。しかし、東京から帰ってきたシーンで皆が制服を着ていたことからすると、おそらくすずが東京に行った日は平日だったということを考えると、まあ仕方ないかな、という気がしました。合唱する大人たちや他の仲間たちは東京までついていくことができない状況でも、すずは一人で恵と知の父親に立ち向かう医師の強さを見せたと言うことなのでしょう。また、父親がすずが何もしていないのに逃げ帰って行ったのも、初見では若干疑問でしたが、いきなり見知らぬ女子高生が現れた挙句、暴力で脅そうとしても一歩も引かない状態になって父親の頭が混乱してしまったということで整理がつきました。東京に行く前のシーンで、合唱団のおばさまたちが児童相談所に相談したこともあって、恵たちは父親からうまく解放されることになるのでしょうね。この東京のシーンは、川でのすずの母の強さを思い起こさせるようでした。
このように、すずが母のように他人のためなら自らも厭わない強さを手に入れ、母の死を乗り越えたことで本作は幕を閉じます。雲によって遮られていたすずの輝き。それを遮るものはもうありません。本作のすずは、しのぶくんがいうとおり、「カッコよかったぜ。」母のように気にかけてくれる存在だった、身近にいた幼馴染の簡潔にして要領を得た褒め言葉が、すずへの何よりの賛辞だったことでしょう。
ああ、素晴らしい作品でした!!!