評価
☆☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)
※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。
ネタバレ感想
総論
本作は、非常に面白く、体が熱くなり、音楽が素晴らしい作品だった。今まででベストのライブを聴きに行った時の躍動感に匹敵するような熱量が凝縮されている映画だったと思う。
漫画版のBLUE GIANTも非常に好きな作品だった。世界一のジャズプレーヤーになる。そんな夢にまっすぐ努力し続ける大の生き様に心動かされ、興奮したものだ。そこに映像と音楽が加わって、唯一無二の映画となっているように思う。
本作、ストーリーも素晴らしいのだが、その音声と映像の出来はすさまじかった。初めてライブを行ったときの緊張感。観客ではなく、演者として演奏した時の高揚感、楽しさ。音楽と映像とともに、当時の感情が蘇る。
音楽を少しだけかじった身としては、大や雪祈よりも、むしろ玉田に感情移入していた。譜面をロストしたときの焦り、辛さ、やるせなさ、挫折感。焦ってもとに戻そうともがけばもがくほど、譜面からどんどんと遠のいていく。途方に暮れてしまう。今までの努力は何だったのだと思う瞬間。絶望感が押し寄せる。それが、映画の中に現れていた。
と同時に、ライブを行ったときの音楽の楽しさ、良い思い出がそれ以上に浮かんできた。純粋に楽しいのだ。理屈は抜きにして、一緒に演奏すること。音楽を生み出すこと。音楽の一部となること。その楽しさが存分に表れていたと思う。
そして、登場人物も総じて魅力的だった。いつまでも真っすぐな大は見ていて気持ち良いし、心の底から恰好が良い。漫画からは伝わってこなかった、彼の感情や、思い、性格が、本作の音楽を通じてあふれてきているような気がした。また、雪祈。玉田に対して厳しいことを言うけれど、言っていることは非常にまともである。素人をバンドに入れてどうするんだと言いたくなる気持ちは非常にわかる。現実的にOne Blueにたどり着くために陰ながら努力したりするところも良い。皮肉屋だけれども、とても仲間想いだし、改心したあとのまっすぐさも良い。そして、玉田。正直、この3人の中で玉田が一番すごいのではないかと思う。普通、1年半で、ここまでうまくなるか、というドラミングだった。演奏を聴きながら、最後の最後まで、彼の技術力がほかの2人に追いつくことはなかったと感じた。しかしながら、一音一音を大事にしていこう、基本に忠実に頑張ろうという思い、実直さが、最後の演奏に現れていたと思う。
この三人が、ライブを重ねるにつれて徐々にうまくなり、息があっていく、最後に爆発する。一音一音から感動が生まれていく。ああ、すごいライブを見たなと、この映画を見て思った。
上原ひろみさんの演奏について
話は変わるが、僕は昔から、上原ひろみさんの音楽が大好きだ。世界で一番大好きなピアニストの上原ひろみさんが音楽を担当しているということで、迷わずBLUE GIANTの映画を見に行くことに決めた。半ば、上原ひろみさんの音楽を聴きに行くためにBLUE GIANTを見に行ったようなものだ。
しかし、本作の雪祈が弾く音楽の中には、上原ひろみさんはいなかった。
本作のピアノ演奏は、上原ひろみさんではなく、沢辺雪祈というプレイヤーによるものだったと思う。普段から上原ひろみさんの音楽を聴き続けている身からすると、雪祈の演奏はスタンダードで上手だけれど、どこか物足りないという印象だった。一音一音の幅が狭い、一音一音の幅が足りない。ソロパートの躍動感が足りない。上原ひろみさんの指から紡ぎだされる、虹色の音色から成るSpectrumの世界とは真逆の、スタンダードの演奏だった。雪祈が実力をつけて最後のライブを行っていたときでも、上原ひろみさんの演奏とはずいぶんと異なっていたように思う。ソロパートを含め、あまりの違いにびっくりした。曲そのものは良いのだけれど、何か違う、何か足りないのである。上原ひろみさんは、本作のインタビューで、ピアノの演奏で演じるのが大変だと言っていた。映画を見る前は、演じるとは何ぞやと思っていたが、本作を見てすぐに合点とした。本作に上原ひろみさんはいなかった。いたのは、雪祈というプレーヤーただ一人である。
エンドロールでBLUE GIANTを聞いたとき、ああ、日常が戻ってきたと感じた。いつもの上原ひろみさんの、優しく、深くて繊細な音楽。雪祈の演奏を聴いた後だから分かる、世界観の違い。ああ、なんて素晴らしい演奏家なのだろうか。何年も何年も聴いていても、全く底が知れないし、常に情熱的で、常にベストを更新していく。将来、宮本大が成長したら、彼女のような演奏家になるんじゃないか。そう思わずにはいられなかった。
本当に素晴らしい映画だった。音楽を聴くこと、音楽を紡ぐこと。その素晴らしさが、本作に詰まっていたと思う。
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